今日は何時もより、校内が賑やかだと思う。

「五月蝿いね…。」

応接室まで届く女子生徒の黄色い声に、うんざりして…。
ソファの背に肘を持たせ掛ける。
そう、今日はバレンタインデー。
一般に言う、女の子が男の子に告白出来る日なのである。

「だからって、こんなにはいらないよね。」

雲雀の目の前のテーブルには、チョコの山。
何処で集まって来たのか…。
間接的に此処にやって来たものばかりだ。

――――直接手渡せないくらいなら、くれなきゃ良いのに…。

溜め息を吐きながら…。
チョコの香りの充満する部屋から逃げ出そうと立ち上がると、
聞き慣れた声が耳に届いた。

「雲雀…こんにちは。」

相変わらず、此処は賑やかねと微笑むが現れた事に、
雲雀は面食らう。
外には見張りが居たはず…と思うのだが、
彼女にしてみれば、そんなのは居ても居なくても同じ事なのだろう。
何せ、自分が気付かないくらいに気配も消せる女なのだから…。

「他校の生徒が、許可無く此処に入って良いと思ってるの?」

当て付けの様に、黒耀の制服を着たままのを睨み付けて言って見るが、
それを、ごめんねとさらりと流して…。

「ちょっとファミリーに渡したいものががあって来ただけよ。」

すぐ消えるわと、肩を竦める。
その『渡したいもの』とは何なのだろうか。
もしかして…いや、彼女に限って、それは無いだろうが…。

「何?チョコでも渡しに来たの?」

思わず、思った事を口にしてしまった。
それにキョトンとした顔で、呆けていただったが…。
今日が何の日か思い出したのだろう。
突然、可笑しそうに笑い始めた。

「違うわ。リボーンの頼まれ事に付き合わされただけ。それに…。」

イタリアでは、バレンタインデーに好きな男の子にチョコで告白なんて、無かったもの。
そう言う彼女は、笑いを堪えようとする。
でも、無理だったらしい。

「日本って、変わってて面白いわ。」

そう言うと、更に楽しそうに笑った。

――――僕にしてみれば、笑い事では無いんだけど…。

机の上のチョコの山をどうしたら良いものか。
去年のように、誰かにあげるのが一番楽な方法かもしれないと思っていると…。

「これ…全部、食べるの?」

お腹を壊しちゃいそうねと、言う
これは都合が良いとばかりに、

「いらないから、あげるよ。」

そう言えば、は何かを考えている風で…。
一つそれを手に取って見詰めている。
暫くして、

「ちょっと待ってて…。」

そう言うと彼女は応接室を出て行った。
そして、戻って来た彼女の手には、ミルクパンとカップが二個。
そのミルクパンから湯気が上がっているところを見ると、
中に何らかの液体が入っているようである。

「お待たせ。」

心底楽しそうに、それをカップに注ぎ、鼻歌交じりで机の上のチョコ物色していく。

「これにしようかな…。」

一つの箱を覗き込んでいたは、中のチョコを指先でカップの液体の中に入れた。
それはポチャンポチャンと、軽やかな音を立てて沈んで行ったのだが…。

「はい…雲雀の分。」

少し掻き混ぜて、は自分の方へそのカップを差し出した。
受け取って、中を覗き込めば、薄茶色の液体が揺れている。
香りは、チョコレートそのものなのだけれど…。

「何、これ?」
「ホットチョコよ。飲んだ事、無い?」

そう答えながら、彼女の分のカップを持って、ソファの肘の部分に浅く腰掛ける。
そして、それを味わう様に一口、口に含んだ。
それに釣られるように雲雀もカップに口を付けると、
くどいと思うチョコの甘みは、程好く溶けていて…。
口当たりの良い物になっていた。
そして、その温かい飲み物を、すっかり飲み干した頃。
バレンタインの騒動で、ささくれ立っていた雲雀の気分も少しは落ち着いて来る。

は、誰かにチョコをあげないの?」

そんな事を聞いたのは、
彼女が誰かにそんなものを贈るなんて絶対に有り得ないと思って、
冗談半分で口にしただけ…。

「言ったでしょ。イタリアではそんな事しないって…。」

勿論、返って来る答えも、さっきと同じものなのは分かっている。
だから、ふぅん、と気の無い返事をして終わろうとしたのだけれど…。

「でも…大切な人同士で、チョコを贈り合ったりする事はあるわね。」

意外にも続いた言葉は、雲雀の中に再び苛立ちを生んだ。

「誰に?」

半眼で彼女を睨み付けてそう問えば…。
は困ったような笑みを浮かべていたが、
次の瞬間、その顔から笑みは消えて、真顔に戻る。
その瞳の中に在るものは、獲物を狙う鋭さで…。

「……っ!?」

彼女が自分の懐へ滑り込んで来るのと、防御の体制を取るのとは同時だったのだけれど…。
唇に触れたそれを、かわす事は出来なかった。
本の数秒、重ね合わされただけだったが、
唇に残る香りは、自分の口内に広がる甘い香りと同じもの。

「felice Festa di San Valentino…ね。」

イタリア語でそう囁きながら、彼女は素早く距離を取って…。
じゃあねと、空のカップとミルクパンを持って立ち上がと、
振り返る事無く、応接室から出て行った。

「これを、チョコの代わりにしたつもり?」

雲雀は、未だ唇に残っている感覚を、手の甲で拭いながら呟く。
勿論その問い掛けが、に届く事は無いけれど…。
もし、彼女が此処に居たのなら、そうだと言うような気がする。

――――じゃあ、次はホワイトデーだね。

そう…日本のバレンタインデーには、お返しする日が在るんだよ、と…。
多分、その風習を知らないだろう彼女を想いながら、
それまでの1ヶ月、それを考えながら愉しく過ごせそうだと、
雲雀は薄く笑みを浮かべた。








++++++++++++++後書き+++++++++++++

拍手ありがとうございますv
これは只今、書き進めている雲雀夢、【黒い蝶の舞う丘で】というシリーズの番外編です。
雲雀夢が書きたくて書きたくて…。
書いたは良いが、今度は載せる場所が無いと来たもんだ;;
その内、雲雀夢置き場も作らなきゃと、思っている今日この頃だったり…。

2007年2月14日                     柊 京


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--- St Valentine's special dream ---
【黒い蝶の舞う丘で】
〜ホットチョコ(雲雀夢)〜



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